「退職代行を利用したいけど、会社から損害賠償を請求されないか不安…」そんな悩みを抱える方は少なくありません。
実は、退職代行の利用自体は損害賠償の対象とはなりませんが、退職の仕方によってはリスクが生じる可能性があります。
この記事では、安全に退職代行を利用するためのポイントと、万が一の対処法を具体的に解説します。
- 退職代行利用時の損害賠償リスクが発生する具体的な場面と対処法について
- 弁護士による退職代行と非弁護士による退職代行の違いと選び方について
- 退職時の引き継ぎ・機密情報の取り扱いなど、安全な退職のための手順について
1.退職代行と損害賠償の基本的な関係性
退職代行そのものは法に触れるものではもちろんありません。まずは損害賠償と退職代行の関係についてしっかり確認しておきましょう。
退職代行を利用すること自体は損害賠償の対象にならない
退職代行サービスを利用すること自体は、労働者の正当な権利行使の一環として認められており、これだけを理由に損害賠償請求をされることはありません。
退職の自由は憲法で保障された権利であり、その権利行使を第三者に委託することは法的に問題ありません。また民法上、退職の意思表示は本人以外でも代理人を通じて行うことが可能とされています。
退職代行は単なる意思表示の伝達手段であり、それ自体に違法性は存在しないのです。
【参考】
厚生労働省 労働基準法
就業規則を遵守することが大切
退職代行サービスを利用する際にも一定の注意は必要です。まずは弁護士が運営する適法な退職代行サービスを選択することが重要となります。
また、会社の就業規則で定められた退職手続きについても、可能な限り遵守するよう心がけましょう。特に重要なのが退職の意思表示のタイミングです。
民法第627条1項では、退職の意思表示は少なくとも2週間前までに行うことが定められています。基本的なルールを守ることで、多くのトラブルを未然に防ぐことができます。
【参考】
厚生労働省 退職の申出は2週間前までに
厚生労働省 就業規則を作成しましょう
損害賠償が認められる可能性がある特殊なケース
退職代行を利用する際には、いくつかの特殊なケースにおいて損害賠償請求の対象となる可能性があります。
債務不履行による損害発生のケース | 突然の退職によって重要な業務が停止する。 必要な引き継ぎを完全に放棄することで業務に大きな混乱が生じる。 退職や引継ぎ放棄によって取引先との関係を著しく悪化させてしまう。など |
契約違反による損害発生のケース | 会社との間で交わした機密保持契約に違反して情報を漏洩してしまう。 研修費用の返還に関する特約に違反する。 競業避止義務に反する行為を行う。など |
不法行為による損害発生のケース | 会社の信用を著しく損なうようなSNS投稿を行う。 意図的に業務を妨害する。 会社の資産を不正に持ち出したりする。など |
特に注意が必要なのは、重要な業務を担当している場合です。
重要な立場にある従業員が突然退職することで、業務に重大な支障が生じたり、適切な代替要員の確保が困難になったりするケースでは、会社側の損害が具体的に立証しやすくなります。
特殊な契約関係がある場合にも慎重な対応が求められる
- 高額の研修を受けた後の返還義務を定めた契約
- 詳細な機密保持義務を定めた契約
- 退職後の競業を制限する契約 など
契約内容を十分に確認する必要があることを覚えておきましょう。
就業規則や契約書の内容確認はしっかりと
損害賠償リスクを回避するためには、まず退職を考え始めた段階で就業規則をしっかりと確認することが重要です。
また、自分が会社と交わしている契約書の内容を詳細に見直し、どのような義務を負っているのかを把握することも欠かせません。
そして可能な限り適切な引き継ぎを行うことで、会社の業務に支障が出ないよう配慮することも必要です。
2.実例から学ぶ!退職代行利用時の損害賠償リスク
退職代行を利用した際に起こる損害賠償のリスクにはどういったものがあるのでしょうか。
ここでは具体的な6つの事例と共に解説していきます。
「どんな場合に損害賠償リスクがあるのか」をチェックして、自身にあてはまらないか確認しておきましょう。
長期無断欠勤による業務への重大な支障
無断欠勤が長期化した場合、損害賠償請求のリスクが著しく高まることがあります。
実務上、2週間を超える無断欠勤については、その悪質性が特に高いと判断される傾向にあります。長期の無断欠勤によって業務の停滞が明確に発生し、会社側の損害を具体的に立証することが容易になるためです。
また、代替要員を緊急で確保する必要が生じた場合、そのための追加コストについても損害として認定される可能性があります。
東京地裁での実際の判例
突然の2週間以上の無断欠勤により重要な顧客対応が滞り、取引先を失った事例
→慰謝料を含む損害賠償請求が認められた
上記のような事態を避けるためには、退職代行を通じて正式な退職届を提出し、適切に有給休暇の取得手続きを行うことが重要です。
引き継ぎ放棄による会社への損害発生
引き継ぎを完全に放棄することは、会社に様々な形で損害を与える可能性があります。
引継ぎ放棄による損害 | |
直接的な損害 | 間接的な損害 |
業務の停滞や遅延 | 社内の人員配置の混乱 |
顧客対応の遅れ | 残された従業員の負担増 |
業務品質の低下 | 取引先との関係悪化 |
ただし実務上注意すべき点として、引き継ぎ不足と実際の損害との因果関係を立証することは必ずしも容易ではないということが挙げられます。
また会社側が通常の引き継ぎ期間を超えて過度な要求をすることは不当とされる可能性が高いものの、最低限の引き継ぎについては誠実に対応することが望ましいといえます。
会社の機密情報の持ち出し・漏洩
機密情報の持ち出しは極めて深刻な法的リスクを伴う行為です。
この場合、不正競争防止法違反という法的責任が生じる可能性があり、契約違反による損害賠償はもちろん場合によっては刑事責任を問われる可能性すらあります。
想定される損害賠償額は、情報の価値に応じて算定されますが、これには逸失利益や信用毀損による損害なども含まれる可能性があります。
特に注意が必要な情報
- 顧客データベース
- 製品開発に関する情報
- 営業戦略に関する資料
- 社内の業務マニュアル など
上記のような情報はたとえ自身が作成に関わったものであっても、会社の重要な資産として保護される必要があるためです。
【参考】経済産業省 不正競争防止法
研修費用の返還義務がある場合の即時退職
研修費用の返還に関する問題については、一般的にいくつかの重要な判断基準があります。
- 要求される返還額が合理的な金額であること
- 一定期間の勤務を条件としていること
- 返還額が勤務期間に応じて次第に減っていく仕組みが設けられていることなど
上記のような判断基準は、妥当性を判断する上で重要な要素となります。
研修費用の返還を求められる可能性が高い例
海外研修に300万円の費用がかかり、3年間の勤務を条件としていたが研修終了後わずか6ヶ月で退職した。
上記のようなケースに該当する場合、慎重な退職時期の選択が必要となります。
SNSでの会社の評判を落とす投稿
SNSでの投稿が損害賠償の対象となるケースは、近年特に注目されている問題です。会社の社会的評価を著しく低下させるような内容の投稿・事実と異なる情報の発信によって具体的な損害が発生した場合、深刻な法的責任を問われる可能性があります。
※特に退職時期に気を付けたいポイント
- 精神的に不安定になりがちなため、感情的な投稿をしてしまわないようにする
- たとえ匿名での投稿であっても投稿者を特定することが可能なことを覚えておく
会社の内部情報を公開することは、それが事実であったとしても、守秘義務違反として問題となる可能性があります。退職のプロセスにおいては、どのような感情を抱いていたとしても、SNSでの発信には細心の注意を払いましょう。
【参考】厚生労働省 守秘義務
重要取引先との関係悪化を招く行為
取引先との関係における損害賠償リスクは、直接的な行為と間接的な影響の両面から考える必要があります。
直接的な行為 | 間接的な影響 |
・取引先への誹謗中傷 | ・不適切な業務引き継ぎによる取引の遅延 |
・機密情報の漏洩 | ・品質管理上の問題発生 |
・競合他社への顧客情報提供 | |
※上記のような行為は明確な損害として認定され、重大な法的責任を伴う可能性がある。 | ※一見すると直接的な損害には見えないが、長期的な取引関係に重大な影響を及ぼす可能性がある。 |
3.退職代行で損害賠償を避けるための3つの対策
では退職代行を利用する際に「損害賠償のリスクを避ける」にはどうしたら良いのでしょうか。具体的な3つの対策について解説します。
法的権限のある弁護士に依頼する
弁護士に退職代行を依頼することには、複数の重要なメリットがあります。
- 法的な保護を確実に受けることができる
- 違法な損害賠償請求に対して適切な対応が可能
- 労働法に基づく権利を確実に守ることができる
退職に関する交渉においても、法的根拠に基づいた主張が可能となります。
専門的なサポートという観点からも、弁護士への依頼は大きな意味を持ちます。退職条件の交渉を代行してもらえるだけでなく、適切な手続きの実施・万が一のトラブル発生時にも即座に対応してもらうことができます。
一方で、非弁護士の退職代行業者に依頼した場合、法的な交渉権限がないため、トラブルが発生した際の対応が極めて限定的となってしまう可能性があります。
就業規則に沿った退職プロセスを踏む
退職時には、会社の就業規則に定められた手続きを可能な限り遵守することが重要です。
具体的な重要ポイント
- 退職届の提出期限を確認する
- 必要な書類をそろえておく
- 手続きの流れを把握する
退職代行の利用に関する制限や、引き継ぎ期間の設定、機密保持に関する規定など、特別な規定が存在しないかどうかも確認が必要です。
就業規則を遵守するために
就業規則の確認を確実に行うためには、就業規則の写しを入手して内容を精査することが推奨されます。不明な点がある場合には、退職代行を担当する弁護士に相談し、適切なアドバイスを得ることが望ましいでしょう。
可能な限り規定に従った対応を行うことで、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。
最低限の引き継ぎ対応は行う
円満な退職を実現するためには、基本的な引き継ぎ対応を行うことが不可欠です。
担当業務の現状を整理する・必要な資料やデータを適切に整理する・重要な連絡事項を確実に伝達するなどが求められます。
引き継ぎは、書面での資料作成やメールでの情報共有、必要に応じてオンラインでの説明など、状況に応じて適切な方法を選択することが重要です。
4.損害賠償請求された場合の具体的な対処方法
実際に損害賠償を請求されてしまった場合はどう対応したら良いのでしょうか。対処方法を解説していきます。
すぐに弁護士への相談を行う
損害賠償請求を受けた場合、速やかな法的対応が極めて重要となります。
まず必要なのは、請求内容を正確に把握し、関連する証拠資料を適切に保全することです。その上で、今後の対応方針を慎重に決定していく必要があります。
◎弁護士に相談する際への準備
請求書面や関連する証拠書類を用意する | 経緯を時系列で整理する |
請求内容の妥当性を専門家と検証する
損害賠償請求の妥当性を判断する際には、まず法的根拠の確認が必要です。請求の法的基礎となる部分・金額の算定根拠・損害との因果関係の立証について、詳細な検討が求められます。
同時に会社側の違法行為の有無・パワハラ等の存在・退職の正当な理由の存在なども、反証の可能性として検討する必要があります。
適切な法的対応で自身の権利を守る
権利を守るための具体的な対応としては、まず不当な請求に対する異議申立ての可能性を検討します。場合によっては、逆に会社に対して損害賠償を請求できる可能性もあります。
また労働組合などの関係機関に相談することも有効な選択肢となります。和解による解決を目指す場合には、支払条件の分割払いなど、双方にとって受け入れ可能な条件を模索することも重要です。
対応を進める際には、まず冷静な状況判断を心がけ、専門家への相談を通じて適切な証拠の収集・保全を行います。
その上で状況に応じた対応方針を決定し、必要に応じて法的手続きを実行していくことが望ましいアプローチとなります。
5.安全な退職代行利用のポイント
安全に退職代行を利用するためのポイントをまとめています。しっかり確認することで適切な対応や行動の助けとなるでしょう。
損害賠償リスクを最小限に抑える具体的な行動指針
退職代行を安全に利用するためには、入念な事前準備が不可欠です。またサービスを選択する際も慎重に考慮しましょう。
基本的なリスク回避行動を実践することが、不要なトラブルから身を守ることにつながります。
事前準備
- 就業規則の内容を詳細に確認しておく
- 自身が締結している契約書を見直す
- 退職時期は適切なタイミングを選択する(繁忙期を避けるなど)
退職代行サービス選びのポイント | |
・弁護士運営の退職代行サービスを選ぶ | ・料金体系が明確で透明性が高い |
・実績と評判を確認する | ・自身のニーズに合うか確認する |
困ったときの相談先と対応の基本
万が一トラブルが発生した場合の対応も、あらかじめ理解しておく必要があります。最初の対応としては、まず冷静に状況を判断し、関連する証拠資料を収集することが重要です。
その上で専門家への相談を行うことになりますが、具体的な相談先としては弁護士事務所が最も適切です。状況に応じて、労働組合や労働基準監督署への相談も検討に値します。
心構えとして重要なのは、感情的な行動を避けることです。また、後々の対応に備えて、やり取りの記録を適切に残しておくことも大切です。
専門家からのアドバイスを受けた際には、その内容に従って慎重に対応を進めていくことが望ましいでしょう。
6.退職代行を利用して損害賠償リスクの低い円満退職を目指す
退職代行の利用は、適切な方法で行えば安全な退職手段となります。重要なのは、弁護士が運営するサービスを選び、就業規則に沿った きちんとした手続きを踏むことです。
不安な点がある場合は、一人で抱え込まず、早めに専門家に相談することをおすすめします。退職に関する注意をしっかりおさえておけば、損害賠償のリスクを最小限に抑えた円満退職が可能となるでしょう。